「新:住まい方の提案」


大同工業株式会社主催による「大同工業(株)設立60周年記念、大同デザイナーズハウス 住宅設計コンペ」の審査会が、2013年10月16日に伊東本社にて行われました。
「新・住まい方の提案」をテーマに、エントリー登録262件、応募作品116点の中から受賞作品が決定致しました。
最優秀賞1点には賞金50万円、優秀賞2点に賞金各10万円が贈られます。

受賞者


最優秀賞: 木村 直樹 (木村直樹建築設計事務所)
「間」のある家 ←作品をご覧頂けます
優秀賞: 寺田 洋一 (マインドスケープデザインファクトリー
風が通る庭のある家
優秀賞: 山本 学 (アトリエ ガク)
C&S (-Comfort.Court.Separate.Simple-) (-Comfort.Court.Separate.Simple-)

審査員


審査委員長 吉田 研介 (吉田研介建築設計室 代表)
審査委員 内海 智行 (ミリグラムスタジオ 代表)
審査委員 堀口 武彦 (大同工業株式会社 代表取締役)
 審査風景

審査講評



審査委員長
   吉田 研介
「講評のまえに」
審査が終わって、堀口社長がふと心境を吐露されました。言葉は忘れましたが、“心が苦しい”というような意味と受け取りました。それは作品のタイトルにみんな「大同デザイナーズハウス」と書いてあることで、心の奥の奥は読めませんが、恐らく「責任、重圧、不安、謙虚、情熱」等々が複雑に入り混じった心境と察しました。つまり仕事で付き合っている一部の人しか知らない、全国的にはネームバリューもない一企業なのに、これほどまでに全国の建築家に協力して頂いたことに対する正直な気持ちなのでしょう。
私はかつて「建築設計競技選集」という、大戦後の有名コンペの作品を集めた本を出版したり、コンペにも若干たずさわってきた経験から、コンペとは膨大なエネルギーを費やし、そして残酷なものだとつくづく感じています。今回も116作品が応募されましたが、真摯に取り組まれた方々に心から敬意を表し、また御礼申し上げたいと思います。
「全体総評」
前文は、企業が真剣に自社の「モデルハウス」を考えていることにどう向き合うか。企業にとっては「建築の商品化」であり、現実的な問題として「売れること」です。しかも当然、前提として「ローコスト」でなければなりません。しかし、もし建築家の魂が抜けた作品では、建築士なら簡単に出来ることです。しかしそれではその辺のハウスメーカーでも、建売業者でもやっていることで、私の出る幕ではありません。つまり今回求められているのは「商品化」と「作品性」の両方がバランスしていなければならないと思います。実はこれが一番難しい問題で、このふたつは矛盾しているからかもしれません。しかし「ほんとうにそうか?」という疑問を持ちながら、ひとつになる作品もあるはずだと仮説を立て、審査に取り組み探してみた結果が、今回の入選作です。惜しくも選に漏れた方は、勿論バランスの取れた方もいましたが、どちらかに偏っていたり、「モデルハウス」という意識に欠けていると思うもの、予算が著しくオーバーしそうなものでした。


審査員
   内海智行
大同工業はゼネコンでもハウスメーカーでも街の工務店でもない。余計なことかもしれないが建築家と共に一番難しいところを仕事にされてきたと思います。これからは積み重ねてきた多様なノウハウを従来の請負という枠を超えて主体的に活かせる時代です。まずは60周年まで引き継がれたこれまでの仕事に敬意を表したいと思います。

いろいろな意味で日本人の住まい方が問われています。都市やエネルギー、人口や家族構成の変化等、どの問題に対してもその限りでの解決はありますが、全てをひっくるめて具体案をモデル化するのは共倒れの覚悟も伴って簡単ではありません。そんな中で提案された多くの案全体に言えることは、どれも不確実な未来に対する希望が込められているいうことです。住まい方のモデルではなく、住みこなすモデルと言えるかもしれません。最優秀に選ばれた「間のある家」は、曖昧な領域の可能性を多様なユーザビリティーの喚起に委ねているところが面白いと思います。明らかに床ではない格子状の吹き抜けは、歩きづらく、空気も動くので、機能的には不完全です。しかし、その曖昧な不完全さこそが管理社会に生きる私たちにとって豊かな要素となり得るのです。二階の中心に据えながら少しだけ高いその「場所」を実際に見てみたいと思っています。

審査員対談


堀口: 応募されてくる数多くの作品に「大同デザイナーズハウス」と記載されているのを見て、大変な事をしたんだと思ってます。強烈なプレッシャーを感じています。当社設立60周年記念の一環として皆様に声掛けをさせて頂きましたが、これらの作品を応募するには大変な時間と労力が掛けられています。私自身も若かりし頃にコンペの応募経験があり、経験者故に非常に重大な責任を感じています。
吉田: それは責任を取って下さいね(笑)。コンペとは残酷なものです。
内海: これだけの人が応募してくれるというのは、“自由”に対する関心が高いという事だと思います。一方で住宅建築家と呼ばれる、住宅だけを設計するという事が職能として成り立つためには、今の時代の転換期を新しい形で乗り越えていかなければならない、と思っていることの証ではないでしょうか。施工者との連動を視野に入れながら、自分たちがどのように新しい役割を作っていけるかということに関心があると思います。施工会社との協働をすることで新たな価値が生まれてくると思いますし、若い世代の建築家のマインドも、少しずつ変わってきています。
堀口: 名も無い会社が開催したコンペにも関わらず、これだけ沢山のご応募を頂きました。レベル的にも決して幼稚なものは無く、しっかりと時間をかけて熟慮された作品が数多くあり、非常に有り難い事だと思いました。先生方は、今回審査をされて如何でしたか。
吉田: 住宅において、このところかなり施主の質が変わってきたと思います。土足で入り込んで来て、建築家とは何でも言った事を清書してくれる職業だと思っている人がいて、それはしっかりと一線を引かなければなりません。“私は作家だ”と言って、個性だけを売り物にしている時代は終わったとしても、今はあまりにも建築家が迎合し過ぎています。自分を無にして仕事を逃すまいとする姿勢はやめた方が良い。
堀口: 先日弊社にNYの会社から、設計図面をオープンソースとして世界中で展開させるプロジェクトへの参加要請がありました。家を建てたい人が、世界中の建築家が設計した図面の中から、自分で自由に選んで施工を依頼するという、まさに建築のグローバリゼーションを感じました。建築家という堅苦しい踏込みにくい世界に、“どうぞご自由にお入りください”というスタンスですね。
吉田: 今は、一般のクライアントはインターネットで建築家や施工会社を探してきますね。雑誌を見て訪ねてくるクライアントは少なくなりました。若手の設計者も、雑誌には出したがらない傾向があります。
内海: 雑誌に出さない事がメディア戦略になるという、逆説的ですね。建築とはかつてはメディアでした。建築の存在自体がメディアであり、住宅とは個人が所有できる最大のメディアであり、衣服以上にその人の人格や教養を示す装置でした。クライアントも、自分自身の文化背景として重要視していました。しかし今は、テクノロジーの時代でメディアは非常にスプレッドアウトしている状態です。建築の価値は大衆化した一方で、メディアとしての役割も相対的に低くなっています。しかし一方で価値を分かっている人にとっては、建築は大きな存在で、そういうクライアントの層はあまり変わっていないと思います。プロセスの中で建築を一緒に創り上げていくクライアントに対しては、啓蒙といっては上から目線ですが、我々がしっかりとリードして行かなくてはならないと感じています。今は過渡期ですが、時代が変われば建築の普遍的な意味は理解されると思います。
堀口: 建築家の競合は、お客様がどちらの考えが好きかで大よそ決まりますが、施工者は一つの物件に対して何社も競合し、金額の競争となります。ここが施工会社のつらいところです。そんな中でも、ほんの少し我々が有利なのは、建築家の皆様に“大同工業はまぁまぁ安心できる会社だ”と思って頂いている事です。技術力があっても知名度の無い会社は、いつまで経っても建築家の方々とお仕事をする機会がありません。
吉田: 建築家の仕事に取り組んでいるというのは、一般的には儲からない(笑)。慣れていないから、やり方がわからないという事です。以前に伊豆で「傘の家」をお願いしましたが、最初に見積りを取った地元の工務店は、一度組み立ててから解体して、再度組み立てるという見積りで非常に高額でした。そこで堀口さんに何とかしてくれないかと相談したところ、簡単に安く施工して頂いた。大磯の折半屋根の家でも、地元業者はとても高い見積りでした。それを堀口さんは、思った通りの安い金額で施工してくれた。こうすれば良いというやり方を知っている事は、とても貴重な事だと思います。
堀口: 一般の施工会社は、建築家の考え方をオーバーに取ってしまうので、高い値段になってしまうのではないでしょうか。
吉田: 施工会社の方が、建築家を煙たがっているのかもしれません。事実、やり方が分からないと高く見積もってしまい、それを値切られるとちょっとしたミスで赤字となってしまう。若い社員の刺激になるからと言って、建築家との仕事に取り組むが、それが受注の2割を超えると経営が危なくなる事が多い。
堀口: 当社は78割が建築家の方々との仕事です。納まりが難しく、スムーズに工程が進まない建築家との仕事がほとんどです(笑)。
内海: 建築家の方が、意識を変えなければならない時代になって久しい。設計と施工が完全に分離するのではなく、現場が始まれば設計者側も施工側の利益を守る事が、引いては施主の利益を守る事になる。その辺りの柔軟性は設計者も持っていなければならないし、価値観が多様化してくると価値観の多様性を相殺させていくというか、この価値が無いならこちらの価値を引きだそうとか、場当たり的かもしれないが、かつての目的を厳密に決定してそのために過程を制御していくというモノ作りというのは、逆に魅力が無くなってきている。設計図とは目的をハッキリさせる事であるが、現場では設計図を見ないで作る職人が大勢いる。彼ら職人たちの領分を理解して、その度に若干味付けを変えていく位の器用さが設計者にも求められているように思います。そういう意味で、大同工業の皆さんは設計者転がしも上手だと思います(笑)。
吉田: 教育が良いのでしょう。
堀口: 社員一人ひとりが、建築を好きだという事だと思っています。
お陰さまで、非常に素晴しい作品が選ばれました。この作品をベースとして、今後商品化に取り組んで行きたいと思っています。ぜひ今後もお二人の先生には、ご指導をお願い致します。
吉田: 建築の商品化と作品化は、相反する事で非常に難しいことですが、是非見事に達成して頂きたい。
内海: 産業資本主義的な大量生産のモノ造りと、建築とは違う。商品とは言え、商品ではない特殊なモノ造りとして本当に素晴らしい仕事であると思っています。楽しみにしています。
堀口: 本日はお忙しい中、一日ありがとうございました。